子どもが可愛いと思えない母親でした

私は2年前くらいまでは、

毎日毎日つらくて、

子育てやめたくて、

子どもがかわいいとも思えなくて、

でもそんな自分に強烈な罪悪感を持って

生きていました。

だって、子どもがかわいくないなんて、

私はどうかしてると思ってました。

子育てがつらくてつらくて仕方がないのも、

私は人として欠陥があると思っていました。

臨月に父から投げつけられた「子育てに失敗した」という言葉もまた、私の自己嫌悪に拍車をかけていました。

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夫の家庭と比べてしまってました

どうして夫は、こんなにも子どもをかわいがって

子どものためにいられるんだろうとも思ってました。

夫の家庭は、絵にかいたような理想的な家庭です。

お茶目で面白いお義父さん、

いつも優しくニコニコしたお義母さん、

兄弟仲も良く、

たまに一緒に遊びに行きます。

みんなのたまり場はリビングで、

帰省すると、会話が止まりません。

夜も更けて、ようやくしぶしぶ寝る…

そのくらいみんな仲がいいです。

心配性なところもありますが、

基本あたたかく見守ってくれます。

そして困ったときは全力でサポートしてくれます。

そんな家庭を知ってしまったから、

自分の家庭はなんて居心地が悪いのだろうと思っていました。

母は、毎日感情的に私を怒鳴る、

父は厳格で、成績が上がってももっと上を目指せという、

そして祖母は母とものすごく仲が悪くてピリピリしている、

夫婦仲も悪い。

食事の時間は無言。

早く食べて部屋に戻りたかったし、

食事の時しか自分の部屋を出ることはありませんでした。

私には弟がいますが、弟も同じでした。

そんなピリピリとした居心地の悪い家庭でした。

両親は二人とも、自分のことはほとんど話さなかったし、

「子は親に従うべきだ」という態度を

変えることはありませんでした。

だから、家庭のなかで、温かい感情の交流というのがほとんどありませんでした。

母と買い物に行くのなんて、中学生になるまで記憶にありません。

だから、母と買い物に良く出掛けているらしい友だちが羨ましかったです。

でも実際は一緒に買い物に行っても、

「なに食べたい?」

「○○がいいかな」

それくらいで、

買い物をするのに必要ない会話というのがありませんでした。

たわいもない会話をするような関係ではなかったから。

そんな家庭だったから、

そんな風にしか育てられていないから、

私は子育てができないんだ、

私は子どもがかわいいと思えないんだ、

そう思っていました。

今思えば、壮大なる勘違いなんですけど、

でも当時は本気でそう思っていました。

そして父の「子育て失敗」発言もあって、

猛烈に両親を憎むようになります。

当時はこの「罪悪感」「自己嫌悪」「憎む気持ち」が

自分を蝕んでいたんだと思います。

自分で自分を苦しくしていました

両親が嫌い、自分も嫌い、ネガティブなことにばっかり執着して、

過去の嫌な思い出も毎日何度でもよみがえってきていたので、

それでエネルギー使い果たすような感じで、

何をするにもやる気がなく、

毎日つらい、

どうにかしたいとネット検索してみても、

目につくのは、

私と同じような子どもがかわいいと思えない人に対する、

「母親としてあり得ない。

育てられないなら生むな。」

そんな意見。

当時は、至極真っ当で正論だと思っていました。

「母親は常に子どもに愛情を持って全身全霊で向き合い育てなければならない」

「子どもを生んだ以上、自分がどんなにつらくても常に母親に徹するべきだ」

そんな思い込みがあったのです。

もしかしたら、うちの両親も類似の思い込みがあったかもしれません。

母親が子どもに愛情をもつのは思い込みではなくて当然のことでは?という意見もあると思います。

私が思い込みと思うのは、

「常に子どもを愛し、全身全霊で向き合うべき」「常に母親に徹するべき」という部分です。

もちろんそれができればそれに越したことはありませんが、

そうできないときもあってもいいんじゃないかなって思います。

「こうあるべき」と思っていると、

もしなんらかの理由でそれが叶わなかったとき、

そうでない自分は価値のない人間、

そんな風に自分を責めることにつながります。

自分をそんな風に厳しく律することは、

とても素晴らしいことですが、

それを子どもにも要求したり、

子どもや周りの人が、そのルールを破っていると、不満がたまってしまいます。

人間関係の中でも知らず知らず

嫌な人は心の中でひそかにダメ出ししていたりして、

結果それが何となく相手にも伝わってうまくいかなくなる…

また、自分がそのようにしていると、

子どもも自然とその暗黙のルールを取り込み、自分を責めたり、

他人の欠点が我慢ならない人間に育ってしまうかもしれません。

子どもには「思いやりの持てる優しいこに育ってほしい」なんて思っておきながら、

自分が思いやりがなく他人に優しくもないのだから、

子どもだけがそのようになる可能性はどちらかと言えば少ないのではないでしょうか。

子どもには、優しく思いやりをもってほしいなんて思っておきながら、

母親である自分はそんな人間ではないというのは、

子どもからしてみたら訳がわかりませんし、

大きくなったら反発するかもしれません。

私はこんな、支離滅裂な母親でした。

だから、自分が「母親はこうあるべき」のガチガチな思い込みに縛られているのは、

本当にいい母親なんだろうか?って思いました。

人間気分も体調も波があって当たり前です。

それを認めなかったら、

子どももつらいですし、

自分だって相当つらいです。

でも自分に自信がなくて自分嫌いだったから、

自分のなかで「こうあるべき」のルールに基づいてやっていかないと、

「できない自分はダメ人間」

そう思っていたのです。

でも…いったん自分を大切にしてみたら、周りも大切に考えるようになりました

「子育て専業主婦なのに子育てができない」

そんな自分を責めることに辛くなって、

だんだんと現実逃避というか、

自分の好きなことに没頭する時間を作るようになります。

本を読んだり、

占いの勉強したり。

たまに出かけてみたり。

一時は、

土日の多くを

子供を夫に預けてひとりの時間を過ごしていました。

産婦人科の先生も「しんどかったら週に1度は預けなさい」といっていたし

しんどいときは預けることも大切だと思います。

預けられる人がいなければ一時保育という選択肢も。

専業主婦がリフレッシュ目的で預けるのは罪悪感?一時保育体験談①【事前準備編】

専業主婦がリフレッシュ目的で預けるのは罪悪感?一時保育体験談②【感想編】

子育てをしながらも自分を優先する時間を持つことで

本当に余裕が出てきました。

それからも波はありますが、

つらいだけだった子育てが好転したのは

「自分を優先する時間を持ったこと」がきっかけでした。

余裕ができたら

自分のことや子供のことや親のことを

冷静に考えることが少しずつできるようにもなってきました。

だからまずは、

「自分を大切にすること」が

必要だったんです。

私のように自己肯定感が低いと

自分をないがしろにしがちです。

私も最初は罪悪感でいっぱいでした。

子育てもきちんとできてないのに

自分の時間を持つことに…

でもみんな感情がある人間です。

神様とか聖人君子じゃありません。

だから自分を大切にしてこなかった人ほど、

自分を大切にしてあげること、今の自分でOKを出すことって

子育てには重要だなぁと思います。

まとめ

以上が

子供をかわいいと思えない母親だった私が

毎日がつらい子育てから抜け出す

きっかけとなった話です。

私は「子供がかわいくないなんて言うなら、産むな」という言葉が

心に突き刺さって

長いこと、

自分の中に抱えてしまってました。

だけど、こんな母親もいるよ~って、同じことで悩むママに伝えたくて書いてみました。

毎日がつらいママさんに届きますように。

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