里帰り出産体験談~親とうまくやるために注意すべきと思ったこと

あなたは里帰り出産を考えていますか?

親元が近くにない方は、出産がどうなるかわからないし

産後赤ちゃんのお世話と身の回りのことまで

ちゃんと出来るのだろうか…と不安になりますよね。

そんなとき、頼れる実家があったら、頼りたいと思ってしまうのも当然です。

ただ、私がそうだったからなのですが、

里帰りで両親と喧嘩して険悪になるという話も、私だけでなく、周囲のママ友

でも聞くことはあります。

私の場合はその喧嘩が産後も続き、何年かは気まずい状態になっていました。

そこでここでは、私の失敗談をご紹介し、

里帰りをするか否かの判断の参考になればいいなと思っています。

●里帰りを決めた理由

私は第一子のときは里帰り出産、第二子のときは里帰りをせず出産しました。

我が家は夫の転勤もあって、私の実家とも霧実家とも離れたところに住んでいました。

初めての出産ということもあって不安でしたし、近くに頼れる人もいなかったので、

あまり考えず、里帰りを決めてしまいました。

私は妊娠4ヶ月の頃に、近所の産院に転院を促されてしまいました。

里帰り出産予定ということで一度受診していた地元の産院に問い合わせたところ、

受け入れてもらえるということで、妊娠4ヶ月から里帰り出産予定の産院に

お世話になっていました。

車で片道2時間はかかる距離なのですが、

転院を促されたときに、「このままいけば出産時には妊娠高血圧症候群になるわよ」と言われていたので、

とにかくそんな私を受け入れてもらえるだけで感謝、という感じで、

夫が休みの土曜日に地元まで検診に通っていました。

●妊娠8か月の終わりに腹痛と出血、そのまま里帰りへ

妊娠31週に、私は突然腹痛を感じ、確認してみると出血しいました。

一度落ち着いたのですが、産院に連絡すると「里帰りの用意をして来てください」とのこと

そのまま里帰りし、産院に入院となりました。

退院後、実家へ戻りました。

ここから里帰り生活のスタートです。

●私が里帰り生活で心がけていたこと

私が実家にいた時には、父が定年を迎え、一時的に無職のときでした。

そのため、父はずっと家にいて、母は仕事をしていました。

それなので、体調が戻ってからは洗濯と料理は私が引き受けていました。

ですが、父はことあるごとに「お前は料理が下手だ」とか

「包丁の使い方、下手だな」とか「お母さんの料理のほうがおいしい」

などなど、言ってきました。

そして、母が作ったご飯の時には本当においしそうに食べるのに、

私が作ったご飯の時にはあまり進まないんです…

こちらも持ってきた料理本見ながら、なるべく丁寧に作っているんですが…

未だに父があのときなんであんな風に言っていたのかよくわかりません。

多分自分が無職で、母の稼ぎに頼っているという焦りと

(とはいえ、これまでしっかり働いてきたので、退職金もしっかりもらっている

はずですし、貯金だってしていると思いますから、働いていなくても大丈夫

な状況だったとは思うのですが)

あと、年のせいなのか、思ったことが悪気なく、そのまま出てしまっている

ように思いました。

やたらと気が短く、冗談も言えないような雰囲気もありました。

私も料理頑張っているのですが、おいしくなさそうに食べられるので 笑

だんだん母に任すことも増えていきました。

母は働いているので申し訳ないと思いながら…

●里帰りでどんなふうに過ごしていたか

そんなちょっとめんどくさい父が家にずっといるので、

私は結構外出していました。

里帰りをしていると、本当に暇です。

地元の友達と何度も会えるというのは、本当に良かったと思うのですが

それでも、膨大な時間があります。

自宅にいるのとはわけが違います。

私は、結局何の問題もなく、自然分娩で出産できたのですが、

最初の産院で言われた「妊娠高血圧症候群になるわよ」という言葉は、

出産するまでついてまわりましたし、そうならないために、

食事も病人食並みに塩分1日6g、甘いもの180kcalまで・炭水化物控え目、など

とにかく気を使っていました。(今思えばそこまでする必要なかったんですが)

また、運動もやっていました。

ウォーキングを安定期に入ったくらいから始め、入院で中断しましたけど、

最終的に妊娠9か月の頃には1日10㎞とかウォーキングしていました。

(これも今思えばやりすぎです 笑)

それだけでなく、逆子になって、お灸と逆子体操をしたり、

お腹の子が成長していないかも、と検査入院したり、

とにかく生まれるまで気が抜けない、大変なマタニティ生活でした。

●段々ストレスが溜まっていく

そんな状態で、私は家事を一部やりつつ

運動をしたり(1日2~3時間はあてていました)、逆子体操したりしながら、

出産準備も進めていました。

その一つが、「産後どんなふうに子育てしたいか」を考えることでした。

子育ての本を読んだりしながら、考えていたのですが、

そのあたりから、幼いころ実家で過ごしたことを思い出すようになっていて、

ふと思ってしまったんです。

「私に子育てなんてできるわけない。私ちゃんと愛されてこなかったのに」

なんでこんな風に思ったのか、よくわかりません。

大人になってからは、そこまで両親の子育てとか自分の育ちを

いいとも悪いとも思っていませんでした。

もう過ぎたことでした。

でも、妊娠中は本当にホルモンの状態が変わって、

体調も気持ちも不安定になりますし

そういうのも関係していたのだと思います。

このころから私は、どんどん子どもの自分が出てきてしまいます。

心理学で「インナーチャイルド」といいますが、

それなのかなと思います。

子どものころ、満たされなかった気持ちが、

「いまだ!」とばかりに主張始めました。

●衝突

きっかけはささいなことでした。

でも当時の私には、

赤ちゃんのことをないがしろにされているように感じて

カッとなって感情的になってしまいました。

ちなみに、私はこれまで、両親の前ではいい子でしたので、

感情的になるということは一度もありませんでした。

それが、言われ慣れてない父を激怒させ、父も勢い余って

そこから絶縁宣言までされてしまいます。

「そこまでの喧嘩なのか?」とお思いでしょうが…

父も還暦を過ぎても、そのくらいに子どもだったのです。

それこそ「似た者親子」だったのです。

●その後、母とも衝突

その後、私も冷静になって、お世話になっている立場なのに悪かったな

と思って、父に謝りました。

ですが、父は納得せず。

母も、そんな私を感情的に責めてきます。

そこで思わず、私も感情的に言い返してしまいます。

これも、今まで一度もなかったことです。

母の、私への、子どものころから変わらない、感情的な八つ当たり

について責めました。

母は、一応それを認めたものの…

「もう終わったことなんだから、これから楽しくやっていければいいじゃん」

そう、言いました。

ここで、少しでも、反省してくれているそぶりがあったら、

私の気持ちも違ったと思います。

でも、母もまた、自分のしたことを認めることができなかったのでした。

私もまた、そんな母を許せなかったのでした。

●実家にいるのが辛い…

そうして、私は、いよいよ両親への嫌悪感が増していきました。

まだこの時、出産予定日まであと1か月ありましたので、

そこからの1か月は地獄でした…

私はなるべく外出。

父も、そのころには就活を始め、新しい仕事をしていました。

気まずい食事の時間。

もちろん出産に関しても、いろいろとトラブルがあり、不安で一杯なんです。

夫との電話だけが支えでした。

休みの日には実家まで来てくれ、会えるのも楽しみでした。

●出産・産後…

その後、いろんな体の心配はよそに、あっさりと出産。

ですが私は、産後入院していても実家に帰るのが恐怖だったし、

産後ブルーというのか、とにかく自然と涙が出てきて、

毎日何回も泣いてしまうんです…

そんな私に、助産師さんが気を使って、入院を1日延ばしてくれ、

また、それが生まれた子どもにも通じてしまったのか、

退院当日に子どもが体調を崩し、1日退院延期…

2日入院を延長して、実家に帰宅しました。

産後は、朝も夜もなく、赤ちゃんのお世話でつきっきり。

母乳育児も軌道に乗せるのが大変で、そちらにいっぱいいっぱいでした。

食事も部屋に運んでもらい、食べられるときに食べて台所に戻す…

お風呂とトイレと哺乳瓶を洗うときくらいしか、部屋をでなかったので、

とくに父とあまり顔を合わせないのは少し気が楽でした。

そして1か月検診を終えて、両親との関係は険悪なまま、

自宅に戻ったのでした。

●それからは両親を避けるように

自宅に戻ってからは、初めての育児に奮闘していたこともありましたが、

つねにギリギリの精神状態でしたので、

これ以上両親から傷つけられたくはありませんでした。

実家への帰省の回数も減らしましたし、

電話も出るのをためらうくらい、本当に嫌でした。

それでも夫が促すので、しぶしぶ帰省することもありましたが、

泊りはなく、数時間の滞在にとどめていました。

子育てに迷っても、両親とはこんな状態で、相談できる間柄ではありませんし、

義両親にもうまく頼ることができませんでした。

近所に知り合いもなく、孤独で、どんどん精神的に追い込まれていったのです。

そんな精神的に真っ暗闇の中で、フラワーエッセンスに出会い、

心が癒されるまで、

私と両親の関係は最悪でした。

里帰りがそのきっかけとなってしまったのです。

私は、今となっては、これらの出来事から

自分を振り返るきっかけになり、これまで感じてこなかった

両親からの愛情を感じるようになったりだとか、

感謝の気持ちを持てるようになったりしているので、

全くの失敗だったとは思ってはいないのです。

ですが、里帰りをしていてこうすればよかったかなと思うこともありましたので、

以下にまとめてみますね。

●まとめ 里帰り出産で気を付けるべきこと

「一旦家を出て、別に暮らし始めると、親子関係からお客さんになるのかも」

また私は里帰り出産をしたとき、結婚で実家を出てから4年経っていましたが、

実家を出ていると親にとっては「嫁に出した娘」と同時に「お客さん」

なんですよね。

だから、家を出てからの4年間は、親子関係は本当に安定していました。

でもいざ一つ屋根の下での生活が始まると、お互い親子関係を思い出すというか

余裕もなくなるし、遠慮もなくなる気がするんですよね。お互いに。

また、結婚して4年も経つと、夫との生活に慣れてしまって、両親との生活に

ものすごく違和感を感じたり、これまで気にしてなかったことが

気になってしまったりということもありました。

妊娠中は特にホルモンバランスも安定しませんし、

過敏になってしまうこともありますから、それが自分にとって

ストレスにならないかどうか、慎重に考えてみるといいかもしれません。

「親は年をとって、以前の親ではないかもしれない」

当然と言えば当然なのですが、いざそれを目の当たりにしないと実感できない

ことかもしれません

父は年をとって、気が短くなりました。

依存的になったような気もしています。

里帰り出産の体験談を見ていると、親が過干渉になったり、

逆に放任というか、実家の家事を引き受けることになって

自分が面倒を見ているような気がしてきたり、

これまで、そんなに気にならなかった親の性格の一部が、

年をとったことでより目立ってきてしまっているかもしれません。

「自分がお世話になっていることを忘れない」

私が偉そうに言えたものじゃないですが 笑

やはりある程度両親を立てるべきなのだと思います。

ただ、妊娠中はホルモンバランスの乱れで感情的にもなりやすいですし、

お腹の子を守ろうという本能なのか?性格がキツくもなりやすいです。

里帰りしたけど、親に気を使ってやっぱりしんどくなってきた…

では辛いですから、

何かストレス解消できる対策を考えておくものいいと思います。

妊婦にストレスは大敵ですからね。

「里帰りをしないという選択肢もある」

今は非常に恵まれていて、宅配スーパーで食料品を購入したり、通販で日用品を

取り寄せたりできる時代です。

また、宅配のお弁当や、冷凍のお弁当なんかも充実していて、

私も里帰りをしなかった第二子のときの産後には大活躍しました。

家事にしても、家事代行を頼めますし、

シッターを頼めば、上の子を見てもらうことも。

できることはどんどん活用して、里帰りをしないという選択をすることも

可能であると思います。

どちらが自分にとって一番の選択なのか、ぜひ考えてみてくださいね。

毎日頑張っている子育てママさんのお役に立ちますように。

今日も力を抜いて、子育て楽しみましょうね^^

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